2026年5月7日木曜日

ティックトックは見てるだけのつもりだった

ティックトックは見てるだけのつもりだった

ティックトックは、見てるだけのつもりだった。

本当に、最初はそれだけだった。

少しだけ暇で、
なんとなく画面を開いて、
流れてくる動画をぼんやり見ていた。

別に誰かと関わるつもりはなかった。
コメントを書くつもりもなかった。
いいねを押すつもりもなかった。

ただ見るだけ。
ただ流れてくるものを眺めるだけ。

そのつもりだった。

でも、ひとつだけ、
なんとなく心に引っかかる動画があった。

少し笑えた動画。
ちょっと共感できる話。
自分も同じことを思ったことがあるような投稿。

気づいたら、
親指がハートを押していた。

あ、いいねしてしまった。

そんな軽い感じだった。

それからまた、
次の動画を見た。

今度はコメント欄が気になった。

みんな何を言っているんだろう。
そう思って開いてみたら、
同じようなことを感じている人が何人もいた。

その中に、
思わずうなずいてしまうコメントがあった。

わかる。
それ、ほんとにわかる。

そう思ったら、
今度はそのコメントにもいいねを押していた。

見てるだけのつもりだったのに、
少しずつ参加している。

しかも、それが大げさな参加ではない。

誰かと深く話すわけでもない。
自分の意見を長く書くわけでもない。

ただ、いいねを押す。
短く返信する。
スタンプみたいな気持ちで反応する。

それだけなのに、
画面の向こう側にいる誰かと、
ほんの少しだけつながったような気がする。

そして、また別の動画を見る。

今度は、少しだけ返信したくなる投稿だった。

「それはわかる」
「自分も同じです」
「ちょっと笑いました」

そんな短い言葉を打って、
送信してしまう。

送ったあとで、少しだけ思う。

あれ。
自分、見るだけのつもりだったのに。

でも、不思議と嫌な感じではない。

むしろ、ただ流れていくだけだった動画が、
少しだけ自分の時間と混ざった感じがする。

知らない誰かの投稿に、
知らない自分が反応している。

その軽さが、
ティックトックらしいのかもしれない。

ただ、気づくと、
いいねした動画が増えている。
返信したコメントがいくつかある。
フォローまではしないと思っていたのに、
気になる人をフォローしている。

見てるだけのつもりだった場所が、
いつの間にか、
自分の足あとを少しずつ残す場所になっている。

それが面白くもあり、
少し怖くもある。

何気ない反応でも、
ネットの中ではちゃんと残る。

軽い気持ちで押したいいねも、
短く返した返信も、
自分がそこにいたという小さな印になる。

だからこそ、
なんとなくのつもりでも、
少しだけ自分を見ておきたい。

誰かを傷つける言葉になっていないか。
必要以上に感情を持っていかれていないか。
見終わったあとに、ちゃんと戻ってこられるか。

ティックトックは、
見てるだけでも楽しい。

でも、見てるだけのつもりでも、
いつの間にか反応している。

いいねを押して、
返信して、
誰かのコメントを読んで、
また少しだけ自分も言葉を置いていく。

そうやって、
ただの暇つぶしだった時間が、
小さな交流の時間に変わっていく。

今日もまた、
少しだけ見るつもりで開いた。

そして気づけば、
誰かの投稿にいいねを押していた。

たぶん、それくらいの軽さで、
今のネットは人と人をつないでいる。

見てるだけのつもりだった。

でも本当は、
見ているだけでは終わらない場所に、
もう少しだけ足を踏み入れていたのかもしれない。


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