ティックトックは、見てるだけのつもりだった。
本当に、最初はそれだけだった。
少しだけ暇で、
なんとなく画面を開いて、
流れてくる動画をぼんやり見ていた。
別に誰かと関わるつもりはなかった。
コメントを書くつもりもなかった。
いいねを押すつもりもなかった。
ただ見るだけ。
ただ流れてくるものを眺めるだけ。
そのつもりだった。
でも、ひとつだけ、
なんとなく心に引っかかる動画があった。
少し笑えた動画。
ちょっと共感できる話。
自分も同じことを思ったことがあるような投稿。
気づいたら、
親指がハートを押していた。
あ、いいねしてしまった。
そんな軽い感じだった。
それからまた、
次の動画を見た。
今度はコメント欄が気になった。
みんな何を言っているんだろう。
そう思って開いてみたら、
同じようなことを感じている人が何人もいた。
その中に、
思わずうなずいてしまうコメントがあった。
わかる。
それ、ほんとにわかる。
そう思ったら、
今度はそのコメントにもいいねを押していた。
見てるだけのつもりだったのに、
少しずつ参加している。
しかも、それが大げさな参加ではない。
誰かと深く話すわけでもない。
自分の意見を長く書くわけでもない。
ただ、いいねを押す。
短く返信する。
スタンプみたいな気持ちで反応する。
それだけなのに、
画面の向こう側にいる誰かと、
ほんの少しだけつながったような気がする。
そして、また別の動画を見る。
今度は、少しだけ返信したくなる投稿だった。
「それはわかる」
「自分も同じです」
「ちょっと笑いました」
そんな短い言葉を打って、
送信してしまう。
送ったあとで、少しだけ思う。
あれ。
自分、見るだけのつもりだったのに。
でも、不思議と嫌な感じではない。
むしろ、ただ流れていくだけだった動画が、
少しだけ自分の時間と混ざった感じがする。
知らない誰かの投稿に、
知らない自分が反応している。
その軽さが、
ティックトックらしいのかもしれない。
ただ、気づくと、
いいねした動画が増えている。
返信したコメントがいくつかある。
フォローまではしないと思っていたのに、
気になる人をフォローしている。
見てるだけのつもりだった場所が、
いつの間にか、
自分の足あとを少しずつ残す場所になっている。
それが面白くもあり、
少し怖くもある。
何気ない反応でも、
ネットの中ではちゃんと残る。
軽い気持ちで押したいいねも、
短く返した返信も、
自分がそこにいたという小さな印になる。
だからこそ、
なんとなくのつもりでも、
少しだけ自分を見ておきたい。
誰かを傷つける言葉になっていないか。
必要以上に感情を持っていかれていないか。
見終わったあとに、ちゃんと戻ってこられるか。
ティックトックは、
見てるだけでも楽しい。
でも、見てるだけのつもりでも、
いつの間にか反応している。
いいねを押して、
返信して、
誰かのコメントを読んで、
また少しだけ自分も言葉を置いていく。
そうやって、
ただの暇つぶしだった時間が、
小さな交流の時間に変わっていく。
今日もまた、
少しだけ見るつもりで開いた。
そして気づけば、
誰かの投稿にいいねを押していた。
たぶん、それくらいの軽さで、
今のネットは人と人をつないでいる。
見てるだけのつもりだった。
でも本当は、
見ているだけでは終わらない場所に、
もう少しだけ足を踏み入れていたのかもしれない。
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