2026年2月21日土曜日

ネットは褒めるしか選択肢がなくなっていくのだろうか?

最近、ネットを見ていて思う。
何かを語るとき、
「すごい」「最高」「神」「尊い」
そんな言葉で包まれていないと、
どこか居心地が悪い空気になる。

もちろん、褒めることは悪くない。
誰かの努力や作品が評価されるのは、
見ているだけで少しあたたかい。

でも、
ほんの少しの違和感や、
「ここはどうなんだろう」という疑問を口にした瞬間、
空気がピリッとする。

批判=攻撃、
という図式が
いつの間にか出来上がってしまったようにも感じる。

たとえば、
大ヒットした映画について
「自分には合わなかった」と言うだけで、
なぜか人格まで問われるような流れになる。

ネットは広いはずなのに、
発言できる言葉の幅は
少しずつ狭くなっているのかもしれない。

アルゴリズムは
盛り上がる言葉を優先する。
共感が多い投稿が上に来る。
結果、
角の取れた言葉や
勢いのある称賛が
タイムラインを埋めていく。

それは優しさなのか。
それとも、
衝突を避けるための無難さなのか。

本当は、
好きも、嫌いも、
よくわからないも、
全部あっていいはずだ。

褒めるしか選択肢がない世界は、
一見やわらかい。
けれど、
本音を置く場所がなくなったとき、
そのやわらかさは
少し息苦しくなる。

ネットは
自由な場所だったはずだ。

だからこそ、
褒めることも、
迷うことも、
立ち止まることも、

どれも選べる場所であってほしい。

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