気づけば、xの画面の中に、認証マークがずいぶん増えたように感じます。
昔は認証マークというと、どこか特別な人につくものという印象がありました。
有名人、企業、ニュースに出るような人。
そういう遠い場所にある印のように見えていました。
でも今は、タイムラインを少し眺めているだけでも、いろいろな認証マークが目に入ります。
青いマーク。
金色っぽいマーク。
灰色っぽいマーク。
見慣れてくると、それが普通の景色のようにも見えてきます。
ただ、増えたからこそ、少し不思議な気持ちにもなります。
認証マークがあるから信頼できるのか。
認証マークがないから信頼できないのか。
たぶん、そんなに単純な話ではないのだと思います。
画面の中では、マークがあるだけで少し目立ちます。
投稿の横に小さな印がついているだけなのに、なんとなく存在感が増して見える。
それは、ネットの中での名札のようでもあり、看板のようでもあります。
でも、結局のところ、その人が何を言っているのか。
どんな発信を続けているのか。
そこを見ないと、本当の意味ではわからない気もします。
認証マークが増えたことで、xの景色は少し変わりました。
昔よりも、肩書きや表示が目に入りやすくなった。
誰がどんな立場で発信しているのかを、画面上で意識しやすくなった。
その一方で、マークが増えすぎると、逆に何が特別なのかもわかりにくくなっていきます。
ネットの世界は、いつも少しずつ形を変えています。
昨日まで当たり前だった見え方が、今日には少し違って見える。
認証マークも、そんな変化のひとつなのかもしれません。
小さなマークひとつで、投稿の見え方が変わる。
人の印象も、少し変わる。
でも、本当に大事なのは、やっぱりその奥にある言葉なのだと思います。
マークがあっても、言葉が軽ければ通り過ぎてしまう。
マークがなくても、心に残る投稿はちゃんと残る。
xの認証マークが増えた画面を眺めながら、そんなことを考えていました。
ネットの中では、目印が増えていく。
けれど最後に見ているのは、きっとその人の言葉なのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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