ネットを見ていると、
最初は本当に軽い気持ちだったのに、
気づいたらずっと見てしまっていることがあります。
少しだけ見るつもりだった。
寝る前に少しだけ。
休憩中に少しだけ。
そんなつもりで開いたはずなのに、
画面を閉じるタイミングが、
どこかへ消えてしまうことがあります。
ひとつの記事を読んで、
関連するものが気になって、
その先にある動画を見て、
また別の投稿が目に入る。
気づけば、
最初に何を見ようとしていたのかさえ、
少しあいまいになっています。
ネットの怖いところは、
無理やり見せられているわけではないのに、
自分から進んで見続けてしまうところかもしれません。
誰かの日常。
知らない人の意見。
きれいな画像。
短い動画。
ニュースの見出し。
どれもひとつひとつは、
ほんの小さな刺激です。
でも、その小さな刺激が続くと、
頭の中がずっと動き続けてしまうような感覚になります。
ぼんやりしていたはずなのに、
いつの間にか目だけが忙しい。
休んでいるつもりなのに、
心はあまり休めていない。
そういう時間が、
意外と多いのかもしれません。
それでも、
ネットを見る時間が全部悪いとは思いません。
たまたま見つけた言葉に、
少し救われることもあります。
知らなかったことを知って、
世界が少し広がることもあります。
何気なく見た画像から、
次に書きたいことが浮かぶこともあります。
だからこそ、
ネットとの距離感は難しいのだと思います。
見すぎると疲れる。
でも、見なければ出会えないものもある。
その間で、
いつも少し揺れているような気がします。
なんとなく見ていたはずなのに、
止まらなくなってしまう。
それは、
自分の意志が弱いというだけではなく、
ネットの中に、次へ次へと進ませる流れがあるからだと思います。
ただ、そこで少しだけ、
自分に聞いてみてもいいのかもしれません。
今、これは見たいものなのか。
それとも、
ただ流されて見ているだけなのか。
その違いに気づくだけでも、
画面との付き合い方は少し変わる気がします。
ネットは便利です。
楽しいです。
そして、少し疲れる場所でもあります。
だから、完全に離れるのではなく、
ときどき立ち止まりながら付き合うくらいが、
ちょうどいいのかもしれません。
なんとなく見ていたら止まらなくなった。
そんな時間のあとで、
画面を閉じた部屋が少し静かに感じる。
その静けさに戻る時間も、
ネットを見る時間と同じくらい、
大切にしたいと思いました。
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ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
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そっとのぞいてみてください。

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