2026年6月6日土曜日

ネットを見てたら一日が消えた

朝、少しだけネットを見るつもりだった。

ニュースをひとつ読んで、
気になる見出しを押して、
その下に出てきた関連記事をまた開いた。

気づけば、画面の中をずっと歩いていた。

何かを探していたような気もする。
でも、何を探していたのかは、もう思い出せない。

動画を少し見て、
コメントを読んで、
誰かの意見にうなずいたり、
少しだけ嫌な気持ちになったりした。

それでも指は止まらなかった。

次へ、次へ。

画面の中には、
誰かの成功があり、
誰かの怒りがあり、
誰かの正しさがあり、
誰かの悲しみがあった。

全部、自分には関係ないようで、
少しだけ関係あるようにも見えた。

だから見てしまう。

自分の時間を使っているのに、
どこか他人の一日に付き合っているような感覚になる。

昼になって、
夕方になって、
部屋の明るさが変わっていた。

時計を見て、少し驚いた。

今日、何をしたんだろう。

そう思っても、
頭の中に残っているのは、
いくつかの画像と、
短い言葉と、
どこかで見た誰かの話だけだった。

ネットは便利だ。
知らないことを教えてくれる。
遠くの出来事も見せてくれる。
ひとりの時間も、少しだけ埋めてくれる。

でも、ときどき思う。

自分の一日は、
本当に自分のものだったのだろうか。

画面を閉じたあと、
部屋が少し静かになった。

その静けさの中で、
やっと自分の時間が戻ってきたような気がした。

何か大きなことをしなくてもいい。
少し歩く。
お茶を飲む。
本を一ページだけ読む。
窓の外を見る。

それだけでも、
一日はちゃんと自分のほうへ戻ってくる。

ネットを見ていたら、
一日が消えた。

でも、完全に消えたわけではない。

その一日の終わりに、
「明日は少しだけ画面から離れてみよう」
と思えたなら、
それもまた、ひとつの小さな気づきなのかもしれない。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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