ニュースをひとつ読んで、
気になる見出しを押して、
その下に出てきた関連記事をまた開いた。
気づけば、画面の中をずっと歩いていた。
何かを探していたような気もする。
でも、何を探していたのかは、もう思い出せない。
動画を少し見て、
コメントを読んで、
誰かの意見にうなずいたり、
少しだけ嫌な気持ちになったりした。
それでも指は止まらなかった。
次へ、次へ。
画面の中には、
誰かの成功があり、
誰かの怒りがあり、
誰かの正しさがあり、
誰かの悲しみがあった。
全部、自分には関係ないようで、
少しだけ関係あるようにも見えた。
だから見てしまう。
自分の時間を使っているのに、
どこか他人の一日に付き合っているような感覚になる。
昼になって、
夕方になって、
部屋の明るさが変わっていた。
時計を見て、少し驚いた。
今日、何をしたんだろう。
そう思っても、
頭の中に残っているのは、
いくつかの画像と、
短い言葉と、
どこかで見た誰かの話だけだった。
ネットは便利だ。
知らないことを教えてくれる。
遠くの出来事も見せてくれる。
ひとりの時間も、少しだけ埋めてくれる。
でも、ときどき思う。
自分の一日は、
本当に自分のものだったのだろうか。
画面を閉じたあと、
部屋が少し静かになった。
その静けさの中で、
やっと自分の時間が戻ってきたような気がした。
何か大きなことをしなくてもいい。
少し歩く。
お茶を飲む。
本を一ページだけ読む。
窓の外を見る。
それだけでも、
一日はちゃんと自分のほうへ戻ってくる。
ネットを見ていたら、
一日が消えた。
でも、完全に消えたわけではない。
その一日の終わりに、
「明日は少しだけ画面から離れてみよう」
と思えたなら、
それもまた、ひとつの小さな気づきなのかもしれない。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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よろしければ、
のぞいてみてください
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