今日も、少しだけのつもりでネットを開いた。
調べたいことがあったわけでもない。
誰かに急いで連絡する用事があったわけでもない。
ただ、なんとなく画面を見た。
すると、そこにはいつものように、いろいろなものが流れていた。
誰かの怒り。
誰かの成功。
誰かの失敗。
誰かの笑える話。
誰かの知らない人生。
ネットは便利だ。
知りたいことはすぐに出てくるし、遠くにいる人の考えも見える。
昔なら出会わなかったような言葉にも、簡単に触れられる。
でも、その便利さの奥に、沼のようなものがある。
少しだけ見るつもりだったのに、気づけば時間が過ぎている。
ひとつの記事を読んで、次の投稿を見て、そこから別の話題に飛んで、気づいたら最初に何を見ようとしていたのか忘れている。
ネットの沼は、強引に引きずり込んでくるわけではない。
ただ、こちらが足を入れた瞬間に、静かに深くなっていく。
おもしろいものもある。
ためになるものもある。
やさしい言葉もある。
けれど、そのすぐ横に、見なくてもよかった言葉もある。
知らなくてもよかった争いもある。
心が少し重くなるような話もある。
それでも、また見てしまう。
たぶんネットには、人間の本音がそのまま流れているからだと思う。
きれいな部分だけではなく、焦りや不安や見栄や寂しさまで、画面の中に浮かんでいる。
そして、自分もその中の一人だ。
ただ見ているだけのつもりでも、どこかで比べている。
誰かの言葉に安心したり、逆に落ち込んだりしている。
ネットの沼をのぞくということは、他人を見ることでもあり、自分の中をのぞくことでもあるのかもしれない。
今日もまた、画面の向こうには無数の言葉が流れている。
全部を追いかける必要はない。
全部を信じる必要もない。
全部に反応する必要もない。
ただ、少し距離を取りながら眺めるくらいが、ちょうどいいのだと思う。
ネットの沼は深い。
だからこそ、足元を見ながらのぞく。
沈まないように。
飲み込まれないように。
それでも今日も、少しだけその沼をのぞいてしまう。
そしてたぶん明日もまた、同じように画面を開くのだと思う。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
よろしければ、
のぞいてみてください
0 件のコメント:
コメントを投稿