2026年6月4日木曜日

ネットの沼を今日ものぞく

今日も、少しだけのつもりでネットを開いた。

調べたいことがあったわけでもない。
誰かに急いで連絡する用事があったわけでもない。

ただ、なんとなく画面を見た。

すると、そこにはいつものように、いろいろなものが流れていた。

誰かの怒り。
誰かの成功。
誰かの失敗。
誰かの笑える話。
誰かの知らない人生。

ネットは便利だ。
知りたいことはすぐに出てくるし、遠くにいる人の考えも見える。
昔なら出会わなかったような言葉にも、簡単に触れられる。

でも、その便利さの奥に、沼のようなものがある。

少しだけ見るつもりだったのに、気づけば時間が過ぎている。

ひとつの記事を読んで、次の投稿を見て、そこから別の話題に飛んで、気づいたら最初に何を見ようとしていたのか忘れている。

ネットの沼は、強引に引きずり込んでくるわけではない。

ただ、こちらが足を入れた瞬間に、静かに深くなっていく。

おもしろいものもある。
ためになるものもある。
やさしい言葉もある。

けれど、そのすぐ横に、見なくてもよかった言葉もある。
知らなくてもよかった争いもある。
心が少し重くなるような話もある。

それでも、また見てしまう。

たぶんネットには、人間の本音がそのまま流れているからだと思う。
きれいな部分だけではなく、焦りや不安や見栄や寂しさまで、画面の中に浮かんでいる。

そして、自分もその中の一人だ。

ただ見ているだけのつもりでも、どこかで比べている。
誰かの言葉に安心したり、逆に落ち込んだりしている。

ネットの沼をのぞくということは、他人を見ることでもあり、自分の中をのぞくことでもあるのかもしれない。

今日もまた、画面の向こうには無数の言葉が流れている。

全部を追いかける必要はない。
全部を信じる必要もない。
全部に反応する必要もない。

ただ、少し距離を取りながら眺めるくらいが、ちょうどいいのだと思う。

ネットの沼は深い。
だからこそ、足元を見ながらのぞく。

沈まないように。
飲み込まれないように。

それでも今日も、少しだけその沼をのぞいてしまう。

そしてたぶん明日もまた、同じように画面を開くのだと思う。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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よろしければ、
のぞいてみてください


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