何か大きな事件があったわけでもない。
特別に炎上を見たわけでもない。
ただ、流れてくる言葉の温度が、少しだけおかしい。
誰かが何かを言う。
すると、その中身より先に、揚げ足を取る人が集まってくる。
少し強い言葉を使えば叩かれる。
やさしく言えば偽善だと言われる。
何も言わなければ、それはそれで逃げていると言われる。
ネットは便利な場所だったはずなのに、いつの間にか、息をするのにも少し気を使う場所になっている。
もちろん、全部が悪いわけではない。
面白い投稿もある。
やさしい言葉もある。
知らなかったことを知れる瞬間もある。
誰かの小さな日常に、少し救われることもある。
でも、そのすぐ横に、刺すような言葉が流れてくる。
それを見るたびに、ネットの空気は、少しずつ人を疲れさせる方向に進んでいるのかもしれないと思う。
昔のネットがよかった、と単純に言いたいわけではない。
昔にも嫌な言葉はあった。
くだらない争いもあった。
今より雑で、今より荒い部分もあったと思う。
それでも、今のネットには、どこか余裕のなさを感じる。
みんなが正しさを持っている。
みんなが怒る理由を持っている。
みんなが誰かを裁く側に立とうとしている。
けれど、その正しさの中で、人の弱さや迷いが置き去りにされている気がする。
人間は、そんなにきれいに言葉を選べる生き物ではない。
いつも正解だけを言えるわけでもない。
疲れている日もある。
うまく説明できない日もある。
ただ、なんとなくつぶやきたい日もある。
それなのに、ネットでは一つの言葉が切り取られて、その人の全部みたいに扱われることがある。
それは少し、怖い。
本当は、ネットにも少し余白があっていいと思う。
すぐに怒らない余白。
すぐに決めつけない余白。
わからないまま、少し距離を置く余白。
全部に反応しなくてもいい。
全部に意見を持たなくてもいい。
全部を勝ち負けにしなくてもいい。
ネットの空気が変だと思った日は、少し画面から離れる。
温かいものを飲む。
窓の外を見る。
何でもない音を聞く。
自分の部屋の静けさに戻る。
ネットの中では、いろんな声が大きく見える。
でも、本当の世界は、もう少し静かだ。
誰かを責める声より、今日をなんとか過ごしている人の方が多い。
強い言葉を投げる人より、黙って疲れている人の方が多い。
だから、変な空気に飲まれそうな日は、自分まで変な言葉を使わないようにしたい。
正しさより、少しのやさしさ。
反論より、少しの沈黙。
怒りより、少しの距離。
ネットの空気は、すぐには変わらないかもしれない。
それでも、自分の言葉だけは、できるだけ人を壊さないものにしておきたい。
そんなことを思った日だった。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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