ネットを見ていると、
たまに小さな違和感に出会うことがあります。
大きなニュースでもなく、
誰かの強い主張でもなく、
ただ流れてきた投稿の中に、
少しだけ引っかかるものがある。
なぜこの言い方をするのだろう。
なぜこの空気が広がっているのだろう。
なぜみんな、同じ方向を見ているように感じるのだろう。
そういう小さな違和感は、
見過ごそうと思えば、すぐに流れていきます。
スクロールすれば、
次の話題が出てくる。
さらにスクロールすれば、
もうさっきの違和感のことなど、
忘れてしまいそうになる。
でも、なぜか心のどこかに残ることがあります。
ネットの面白いところは、
たくさんの人の言葉が、
一気に見えてしまうところです。
誰かの本音。
誰かの冗談。
誰かの怒り。
誰かの寂しさ。
それらが同じ画面の中に並んで、
まるでひとつの大きな空気のように流れていく。
だからこそ、
そこに少し変な揺れがあると、
なんとなく気になってしまうのかもしれません。
みんなが笑っているのに、
どこか無理をしているように見える時。
正しいことを言っているはずなのに、
少しだけ冷たく感じる時。
人気があるものなのに、
なぜか置いていかれるような気分になる時。
そういう感覚は、
数字では説明しにくいものです。
いいねの数でも、
コメントの多さでも、
はっきりとは測れない。
けれど、
人がネットを見て疲れる理由は、
案外そういう細かい違和感の積み重ねなのかもしれません。
何かがおかしい。
でも、何がおかしいのかまではわからない。
そのまま通り過ぎてもいいけれど、
少しだけ立ち止まってみる。
この違和感は、
どこから来ているのだろう。
自分の感覚が古いのか。
それとも、ネットの空気が少し変わってきたのか。
そんなふうに考えてみると、
ただ流れていくだけだった画面が、
少し違って見えてきます。
ネットの中には、
はっきり答えが出ないものがたくさんあります。
でも、答えが出ないからこそ、
拾っておきたい感覚もある。
流行の手前にあるざわめき。
炎上の奥にある寂しさ。
便利さの影にある疲れ。
そういうものを、
ひとつずつ拾っていくことは、
今の時代を見つめることにもつながる気がします。
ネットは広くて、速くて、
すぐに次の話題へ進んでしまう場所です。
だからこそ、
ふと感じた小さな違和感を、
そのまま捨てずに持っておきたい。
それは、誰かを責めるためではなく、
自分の感覚を失わないために。
今日も画面の向こうでは、
いろいろな言葉が流れていきます。
その中で、
少しだけ引っかかったものを、
静かに拾っていく。
ネットを見るということは、
もしかすると、
そういう小さな気配を読むことでもあるのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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