2026年5月31日日曜日

見なきゃいいのに見てしまう

ネットを見ていると、
見なきゃいいのに見てしまうものがあります。

別に知りたいわけでもないのに、
なぜか目に入ってしまう。

見たあとに少し疲れるとわかっているのに、
つい開いてしまう。

人の言い争い。

荒れているコメント欄。

強い言葉で誰かを責めている投稿。

見れば気持ちが重くなるとわかっているのに、
なぜか指が止まらないことがあります。

たぶん、そこには少しだけ、
怖いもの見たさのような気持ちがあるのだと思います。

自分とは関係ないはずなのに、
なぜか気になってしまう。

自分の生活には直接関係ないのに、
その場の空気だけを浴びてしまう。

そして見終わったあと、
「やっぱり見なきゃよかった」と思う。

でも、また似たようなものが流れてくると、
また見てしまう。

ネットは便利だけれど、
人の感情がむき出しで流れてくる場所でもあります。

怒りも、嫉妬も、不安も、正義感も、
ものすごい速さで目の前に出てきます。

それを全部まともに受け取っていたら、
心が疲れてしまうのも当然です。

本当は、見なくてもいいものはたくさんあります。

知らなくても困らないこと。

読まなくても生活に影響しないこと。

見たところで、ただ気分が沈むだけのもの。

そういうものにまで、
時間と気持ちを持っていかれるのは、
少しもったいない気がします。

もちろん、気になるものを完全に見ないようにするのは、
なかなか難しいです。

ネットは、こちらが避けても、
向こうから近づいてくるようなところがあります。

でも、少しだけ距離を取ることはできます。

これは今の自分に必要な情報なのか。

見たあとに、少しでも元気になれるのか。

それとも、ただ疲れるだけなのか。

一度そう考えるだけでも、
少しだけ指を止められる気がします。

ネットを見ていると、
いろいろなものが気になります。

でも全部を見る必要はないし、
全部に反応する必要もありません。

見なきゃいいのに見てしまう。

そんな日があってもいいけれど、
できれば自分の心が少し軽くなるものを、
多めに見ていきたいです。

せっかく同じ時間を使うなら、
疲れるものより、
少しでもほっとできるものに目を向けたい。

ネットの中には、
嫌なものもたくさんあります。

でも同じくらい、
やさしいものや、面白いものや、
静かに癒されるものもあります。

見なきゃいいものを見てしまった日は、
最後に少しだけ、
自分が好きなものを見て終わる。

それくらいの小さな調整で、
ネットとの付き合い方は、
少しだけ楽になるのかもしれません。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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