ネットを見ていると、どうしても目立つものばかりが目に入ってきます。
たくさん拡散された投稿。
何万回も再生された動画。
コメントが止まらない話題。
まるで、そこだけが世界の中心みたいに見えることがあります。
でも、本当はその外側にも、いろんなことが起きているのだと思います。
バズっている投稿のすぐ隣で、誰にも気づかれない言葉が流れていく。
時間をかけて書いた文章が、ほとんど読まれないまま埋もれていく。
小さな違和感や、静かな感想や、誰かの日常のつぶやきが、数字にならないまま通り過ぎていく。
ネットでは、数字が大きいものほど正しいように見えてしまうことがあります。
いいねが多い。
再生数が多い。
フォロワーが多い。
それだけで、その言葉に重みがあるように感じてしまう。
けれど、数字になりにくいものの中にも、大事なものはたくさんあるはずです。
誰かがひっそり救われた文章。
一人だけが深く覚えている動画。
大きく広がらなかったけれど、確かに誰かの心に残った投稿。
そういうものは、バズの中心からは見えにくい場所にあります。
バズるものには、勢いがあります。
一瞬で空気を変える力があります。
でも、その勢いの外側には、置いていかれた感覚もあります。
自分の言葉は届かないのかもしれない。
こんなにたくさんの人がいるのに、なぜか静かすぎる。
誰にも見られていない場所で、何かを続けている人は、そんな気持ちになることもあると思います。
けれど、ネットの世界はバズだけでできているわけではありません。
大きな波の下には、小さな流れがあります。
その小さな流れが、誰かの居場所になっていたりします。
バズらないから意味がない。
広がらないから価値がない。
そう考えてしまうと、ネットは少し息苦しくなります。
本当は、誰にも見つからなかった時間にも、ちゃんと意味はあるのだと思います。
数字にはならなくても、書いたことで自分の考えが少し整理される。
誰か一人に届いただけで、その言葉の役目は終わっていない。
すぐには反応がなくても、あとから誰かが見つけることもある。
バズの外側には、静かなネットがあります。
派手ではないけれど、ゆっくり続いている場所。
大きな声ではなく、小さな声が残っている場所。
そこにも、ちゃんと人の気配があります。
ネットを見ていると、つい大きな数字ばかりを追ってしまいます。
でも、たまにはその外側を見てもいいのかもしれません。
流行の中心ではなく、少し離れた場所で何が起きているのか。
誰にも騒がれていないけれど、誰かが静かに続けているものは何なのか。
そこにこそ、ネットの本当の温度が残っている気がします。
バズは一瞬で広がって、一瞬で過ぎていきます。
でも、その外側で残っているものは、意外と長く続いていくのかもしれません。
誰にも見えないところで、誰かが書いている。
誰にも騒がれないところで、誰かが読んでいる。
その静かなやりとりもまた、ネットで起きている大切なことなのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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