最近、記事のタイトルを考えるたびにふと思う。「このタイトル、もうAIに見られている気がする」と。
検索エンジンに記事を投げた瞬間から、クローラーが巡回し、AIが要約し、誰かの質問への回答として一部だけ切り取られる。そんな未来が、もう遠い話ではなくなってきた。タイトルを工夫しても、読むのは人間だけじゃない。むしろ人間より先に、AIが目を通しているんじゃないかという感覚すらある。
その正体は、たぶん「見られている」という不安そのものではなく、「誰に向けて書いているのかわからなくなった」という戸惑いなのだと思う。以前は、読者という顔の見えない誰かを想像してタイトルをつけていた。今は、その手前にAIというフィルターが挟まっている気がして、言葉の選び方まで変わってきている。
実際、検索結果の上位にAIによる要約が表示され、クリックされる前に答えが出てしまう場面も増えた。タイトルは「クリックさせるための言葉」から、「AIに拾われるための言葉」へと役割を変えつつあるのかもしれない。
でも、冷静に考えれば、AIが見ているのはあくまでテキストの並びであって、書き手の意図や熱量までは読み取れない。むしろ人間らしい違和感やちょっとした言い回しのクセこそが、AIが最も苦手とする部分だ。
「見られている気がする」という感覚は、書き手が変化に敏感になっている証拠でもある。その正体を突き止めようとすること自体が、これからの雑記ブログの書き方を考えるヒントになるのかもしれない。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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