2026年9月25日金曜日

動画が主役になったネットの次に来るもの

数年前まで、ネットといえば「文字を読む場所」だった。ブログを読み、記事を読み、検索して答えを探す。そうやって情報にたどり着くのが当たり前だった。

でも今は違う。開けば流れてくるのは動画、動画、また動画。ショート動画をスワイプしているだけで、気づけば30分過ぎていた——そんな経験は誰にでもあるはずだ。文字の時代から動画の時代へ。この転換は、もう「これから来る変化」ではなく「すでに終わった変化」と言っていい。

では、動画がネットの主役になった今、次に来るものは何だろうか。

ひとつ考えられるのは「体験」への移行だ。動画は見るものだけれど、次の段階では「入り込むもの」が求められていくかもしれない。VRやARの技術が生活レベルまで降りてきたとき、人は画面の外側から眺めるのではなく、その場にいるような感覚で情報や娯楽に触れるようになる。動画がすでに「静止画より没入感がある」という理由で文字を追い抜いたのだとすれば、その先にあるのは当然、さらに没入感の強いものだろう。

もうひとつの流れは、動画そのものが「見るもの」から「対話するもの」へ変わっていく可能性だ。AIが動画の中身を理解し、視聴者の質問にその場で答えたり、興味に合わせて展開を変えたりする。一方的に流れてくるだけだった動画が、双方向のものに変わっていく。これは動画の否定ではなく、動画の進化と言った方が近いかもしれない。

そして忘れてはいけないのが、情報の受け取り方が「見る」から「浴びる」に変わりつつあるという感覚だ。ひとつの動画をじっくり見るのではなく、大量の断片的な情報を浴びるように消費する。これがさらに進むと、人が情報を「選ぶ」のではなく、AIが個人に合わせて情報を「編集して届ける」時代になっていくのではないか。すでにその兆候はレコメンドの精度の高さに表れている。

動画が主役になった今のネットは、ある意味で完成された形のひとつだ。でも歴史を振り返れば、文字も画像も動画も、常にその時代の「主役」でしかなかった。次に来るものが何であれ、それはきっと今の私たちには「不便」に見えていたものが、技術によって解消された先にある。

答えはまだ誰にもわからない。ただひとつ言えるのは、変化のスピードは年々早くなっているということ。だからこそ、次に来るものを待つだけでなく、今のうちに小さく試しておくことが、後になって大きな差になるのかもしれない。


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