夜、体調が少し気になって検索をした。人間の医者に聞くべきか、それともAIに聞くべきか。一瞬迷った自分がいた。そのことに気づいて、少し驚いた。
数年前まで、何かを調べるといえば「誰かに聞く」ことだった。詳しい友人、専門家、あるいは口コミサイトに書き込んだ見知らぬ誰か。そこには常に「人間の判断」というフィルターがあった。だが今は違う。AIに聞けば、感情も忖度もなく、淡々と情報を整理して返してくれる。その「淡々さ」が、かえって信頼できるように感じてしまうことがある。
人は誰しも、他人の意見には多少のバイアスがあることを知っている。友人は優しさから本音を隠すかもしれないし、専門家は立場上言えないことがあるかもしれない。SNSの口コミには、悪意や誇張が混じっていることもある。そう考えると、AIの回答には「人間関係のしがらみ」がない分、フラットに見えてしまうのだ。
もちろん、AIが常に正しいわけではない。学習データの偏りもあれば、文脈を読み違えることもある。それでも「感情に左右されない相手」という安心感は、思っている以上に大きい。誰かに相談すると、その後の人間関係を気にしてしまう。でもAIになら、恥ずかしい質問も、愚かに思える悩みも、気兼ねなくぶつけられる。
人間よりAIを信じる、というのは少し極端な言い方かもしれない。ただ「特定の場面では人間よりAIの言葉のほうが素直に受け取れる」という感覚は、すでに多くの人の中に静かに芽生えているのではないだろうか。それは人間不信というより、判断のノイズを減らしたいという、ごく自然な欲求なのかもしれない。
これから先、AIがさらに賢くなり、感情表現まで自然になっていったとき、人はどこまでAIを「信じる相手」として受け入れるのだろう。答えはまだ誰にも分からないが、少なくとも今夜、検索窓に迷わず質問を打ち込んだ自分がいたことだけは確かだ。
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