その日、私はAIに質問しようとして、スマホを手に持ったまま固まっていました。
聞きたいことは頭の中にありました。ただ、それをどう言葉にすればいいのか分からない。入力欄を開いて、文字を打とうとして、消して、また打って。そんなことを繰り返していたのです。
結局、いちばん最初に打ったのは、質問というより独り言のような一文でした。
「なんか最近、やる気が出ないんだけど」
送信ボタンを押した直後、返ってきた答えを読んで、私は少しだけ背筋が伸びました。
「それ、いま私が言おうとしたやつ」
返ってきたのは、原因の整理と、小さな提案でした。
最近の疲れが抜けていないのかもしれません。やる気の問題というより、休む余白が足りていないのかもしれません。まずは今日の予定をひとつ減らしてみませんか、という内容です。
それを読んで、私は思わず声に出していました。
「いや、それ、聞こうとしてたやつ」
質問をする前に、答えを言われたような気がしたのです。
もちろん、実際にはそんなことは起きていません。私が打った一文を元に、AIが一般的な傾向から答えを組み立てただけでしょう。頭の中を読まれたわけではありません。
それでも、あの瞬間の「見透かされた感じ」は、はっきりと残っています。
見透かされたのではなく、言葉にしてもらえた
少し時間がたってから、考えてみました。
あれは見透かされたというより、自分の中でもやもやしていたものを、きれいに言葉にしてもらえた感覚だったのではないか、と。
人は、自分が何に困っているのか、案外分かっていません。
「やる気が出ない」と言っているときも、本当はやる気がないのではなく、疲れているだけかもしれません。誰かに話を聞いてほしいだけかもしれないし、ただ睡眠が足りないだけかもしれません。
その輪郭のぼやけた気持ちを、先に言葉にして差し出してもらえたとき、人は「あ、それ」と思う。質問する前に答えを言われた気がしたのは、そういうことだったのかもしれません。
ちょっとだけ怖くなった気持ちも本音
とはいえ、ただ感動しただけではありません。正直に言うと、少し怖さもありました。
自分の気持ちを、自分より先に言葉にされる。便利である一方で、それに慣れてしまったら、自分で考える時間が減ってしまわないか。モヤモヤを自分の言葉で探す作業を、全部任せてしまわないか。
そんな考えが、頭をよぎりました。
あの「え、先に言われた」という感覚は、驚きと安心と、ほんの少しの不安が混ざった、不思議なものでした。
AIの答えは、きっかけにして使う
結局、私はその日、AIの提案をそのまま受け取ることはしませんでした。
代わりに、こう考えることにしたのです。AIが出してくれた答えは、正解というより「たたき台」なのだと。
「予定をひとつ減らす」という提案に対して、自分ならどれを減らすか。そもそも、本当に疲れているのか。それとも別の理由があるのか。
そうやって自分の中で答え合わせをしていくと、モヤモヤの正体が、さっきより少しはっきりしてきました。
AIに先に答えを言われた気がしたことで、私は逆に、自分の気持ちと向き合う時間をもらえたのかもしれません。
質問する前に、答えを知っている気がする時代
これから先、AIはもっと身近になって、もっと私たちの言葉の先回りをしてくるようになるのでしょう。
聞く前に答えが出てくる。悩む前に選択肢が並ぶ。そんな日常は、きっと便利で、ちょっと不思議で、ときどき少し不気味です。
だからこそ、私は思うのです。
答えを先に言われた気がしたその瞬間に、「本当にそうかな?」と自分に聞き返せる余裕を持っていたい、と。
AIが差し出してくれた言葉を、そのまま飲み込むのではなく、自分の気持ちと照らし合わせてみる。そうすれば、先回りされた感覚も、怖さより心強さに変わっていく気がします。
その日の私は、予定をひとつだけ減らして、いつもより早くお風呂に入りました。
湯船につかりながら、ぼんやり思ったのです。
あの答えは、AIが教えてくれたというより、もともと自分の中にあったものを、ちょっと先に見せてもらっただけなのかもしれない、と。
質問する前に答えを言われた気がした日は、自分の気持ちに、少しだけ近づけた日でもありました。
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