気づけば、テレビをつける時間がかなり減っていました。
新聞を読む習慣もなく、ニュース番組を決まった時間に見ることも少なくなりました。
昔なら、朝のニュースを見て、昼のワイドショーを見て、夜のニュースで一日を確認する。
そんな流れが当たり前だったのかもしれません。
でも今は、スマホを開けば情報が流れてきます。
ニュースも、天気も、話題になっている出来事も、わざわざテレビの前に座らなくても知ることができます。
そうしているうちに、オールドメディアを見ない生活に慣れてしまいました。
見ないと困るかと思っていたものが、意外となくても生活できてしまう。
それに少し驚くことがあります。
テレビを見なくなると、まず時間の流れが変わります。
番組表に合わせて動くことがなくなります。
ニュースの時間だからテレビをつける。
見たい番組が始まるから急いで帰る。
そういう感覚が少しずつ薄れていきます。
その代わり、自分のタイミングで情報を見るようになります。
朝に少し見る。
休憩中に見る。
夜に気になった話題だけ調べる。
情報を受け取る時間を、自分で選ぶようになったのかもしれません。
ただ、ネットの情報がすべて正しいわけではありません。
むしろ、ネットには不確かな情報も多くあります。
勢いだけの意見もあります。
感情をあおるような見出しもあります。
だから、オールドメディアを見なくなったからといって、情報に強くなったとは言えないと思います。
テレビを見ない代わりに、自分で気をつけることが増えたとも言えます。
誰が言っているのか。
どこから出た情報なのか。
一つの意見だけを信じすぎていないか。
そういう確認をしないと、ネットの中でも簡単に流されてしまいます。
オールドメディアを見ない生活は、自由なようでいて、少し面倒でもあります。
テレビなら、ある程度まとめられた情報が流れてきます。
新聞なら、編集された形で大事な出来事が並んでいます。
それを見ないということは、自分で情報を拾いに行く必要があるということです。
でも、その不便さにも慣れてしまいました。
むしろ、自分に必要な情報だけを選べることに、楽さを感じるようになりました。
興味のない話題を長く見続けることもありません。
大きな声で不安をあおられることも少なくなります。
見たいものを見る。
知りたいことを調べる。
疲れたら閉じる。
その距離感が、今の自分には合っているのかもしれません。
とはいえ、オールドメディアが完全にいらないとは思いません。
災害時の情報や、地域のニュース、長く取材された報道には、まだ役割があると思います。
ネットだけでは見えにくい情報もあります。
ネットで話題にならないけれど、社会にとって大事なこともあります。
だから本当は、見るか見ないかの二択ではないのだと思います。
テレビを見る人がいてもいい。
新聞を読む人がいてもいい。
ネット中心で情報を集める人がいてもいい。
大事なのは、どれか一つだけを絶対だと思わないことかもしれません。
オールドメディアを見ない生活に慣れてしまった今でも、たまにテレビのニュースを見ることがあります。
すると、ネットとは違うテンポを感じます。
ゆっくり説明してくれる良さもあります。
一方で、少し重たく感じることもあります。
どちらが正しいというより、自分の生活のリズムが変わったのだと思います。
昔の当たり前が、今の当たり前ではなくなった。
それだけのことなのかもしれません。
オールドメディアを見ない生活は、もう特別なことではありません。
けれど、見なくなったからこそ、情報との付き合い方を考えるようになりました。
何を見るのか。
何を信じるのか。
どこで距離を取るのか。
これからの時代は、情報をたくさん見ることよりも、情報に飲み込まれないことのほうが大事なのかもしれません。
オールドメディアを見ない生活に慣れてしまった。
その生活は、少し静かで、少し自由で、そして少しだけ自分の判断が必要な生活なのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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