テレビや新聞などのオールドメディアと、SNSや動画サイトを中心としたネット世論の間には、少しずつ大きなズレが生まれているように感じます。
同じニュースを見ていても、テレビで語られている空気と、ネットで多くの人が感じている空気がまったく違うことがあります。
オールドメディアでは大きく扱われている話題なのに、ネットではあまり関心を持たれていないことがあります。
反対に、ネットでは多くの人が疑問や不満を口にしているのに、テレビや新聞ではあまり深く触れられないこともあります。
このズレは、単に「テレビが悪い」「ネットが正しい」という話ではないと思います。
それぞれの場所で、見ているもの、重視しているもの、伝え方が違うからこそ起きているズレなのだと思います。
オールドメディアは、昔から多くの人に向けて情報を届ける役割を持ってきました。
そのため、言葉の選び方や取り上げ方には一定の型があります。
大きな失敗を避けるために、無難な表現になったり、角が立たないようにまとめられたりすることもあります。
一方でネット世論は、個人の感情や疑問がそのまま表に出やすい場所です。
納得できないことがあれば、すぐに「それはおかしい」と声が上がります。
誰か一人の違和感が、多くの人の共感を集めて一気に広がることもあります。
このスピード感は、オールドメディアにはなかなか真似できません。
ただし、ネット世論にも危うさはあります。
怒りや不満が強いほど広がりやすく、冷静な意見よりも刺激的な言葉のほうが目立つことがあります。
事実が十分に確認されないまま、雰囲気だけで判断が進んでしまうこともあります。
だから、ネットの声がすべて正しいとも言い切れません。
それでも、オールドメディアがネット世論を軽く見てしまうと、さらに不信感は大きくなります。
多くの人が感じている疑問に対して、真正面から答えないまま話題を流してしまうと、「やっぱり都合の悪いことは言わないのか」と思われてしまいます。
今の時代、視聴者や読者はただ情報を受け取るだけではありません。
自分で調べ、比べ、意見を持ち、発信することができます。
昔なら見過ごされていた小さな違和感も、今はすぐに共有されます。
その中で、オールドメディアが昔と同じ感覚で情報を出していると、受け取る側との距離はどんどん広がっていきます。
特に大きいのは、生活感のズレかもしれません。
テレビの中で語られる正論と、実際に生活している人の実感が合わないことがあります。
物価、仕事、税金、将来への不安。
そうした日常の重さを抱えている人にとって、表面的なきれいごとに見える言葉は、なかなか心に届きません。
ネット世論には、そうした生活の本音が出やすい面があります。
もちろん、感情的すぎる意見や極端な意見もあります。
けれど、その奥には「ちゃんと見てほしい」「ごまかさずに説明してほしい」という思いがあるのではないでしょうか。
オールドメディアとネット世論のズレを埋めるには、どちらか一方を否定するだけでは足りません。
メディア側は、ネットの声をただの批判やノイズとして片づけないことが大切だと思います。
そしてネットを見る側も、怒りだけで判断せず、情報の出どころや事実関係を確認する姿勢が必要です。
情報が多すぎる時代だからこそ、何を信じるかは簡単ではありません。
けれど、違和感を持つこと自体は悪いことではありません。
むしろ、その違和感から考えることが、今の時代には大事なのだと思います。
オールドメディアとネット世論のズレは、情報の流れが変わったことを示しているのかもしれません。
もう一方的に伝えるだけでは、人は納得しません。
伝える側も、受け取る側も、今までよりずっと近い場所に立っています。
だからこそ、これからのメディアには、上から説明するのではなく、疑問に向き合う姿勢が求められているのだと思います。
そして私たちも、流れてくる情報をただ信じるのではなく、自分の頭で一度考えることを忘れないようにしたいです。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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