タイムラインを眺めていると、
強い言葉ばかりが目に入る。
断言する人。
怒鳴るように主張する人。
迷いのない正しさを掲げる人。
静かな声は、
流れの中に埋もれていく。
声が大きい人だけが残る世界。
そこでは、ためらいは弱さになる。
「たぶん」や「もしかしたら」は、
拡散されない。
でも本当の社会は、
そんなに単純ではないはずだ。
人はいつも揺れている。
正しさの中にも迷いがあり、
反対意見の中にも不安がある。
それなのに、
画面の中では強さだけが生き残る。
静かに考えている人は、
投稿ボタンを押す前に指を止める。
言葉を飲み込み、
ただ読む側にまわる。
その沈黙が増えるほど、
世界はさらに強い声に支配されていく。
声が大きい人だけが残る世界は、
一見わかりやすい。
でも、どこか息苦しい。
私は思う。
小さな声が消えたとき、
本当に失われるのは多様さではなく、
人間らしさなのかもしれない。
画面を閉じる。
部屋は静かだ。
その静けさの中にこそ、
まだ言葉になっていない本音がある。
大きくなくていい。
ゆっくりでいい。
声が大きい人だけが残る世界で、
それでも私は、
小さな声を信じていたい。
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