2026年2月28日土曜日

分断される画面の向こう側

同じニュースを見ているはずなのに、
まるで違う世界に生きているような感覚になることがある。

タイムラインには、
はっきりとした意見が並ぶ。
賛成か、反対か。
正しいか、間違っているか。

そのあいだに立つ場所は、
どこにも見当たらない。

分断される画面の向こう側。
そこでは言葉が旗のように振られ、
自分の陣地を示している。

一歩でも線を越えれば、
裏切り者になる。
そんな空気が、
静かに漂っている。

でも現実の街を歩くと、
人はそこまで単純ではない。
強い意見を持ちながら、
同時に迷いも抱えている。

白と黒のあいだに、
数えきれないほどの灰色がある。

それなのに、
画面の中では灰色が削られていく。
わかりやすさのために、
拡散されやすさのために。

分断は、
いつのまにか日常になった。
怒りの投稿の下に、
同じだけの怒りが積み重なる。

けれど、その向こうには、
同じようにごはんを食べ、
同じように不安を抱え、
同じように明日を心配している人がいる。

画面を閉じれば、
世界はひとつに戻る。
少なくとも、私の目にはそう映る。

分断されているのは、
本当に社会なのか。
それとも、
私たちの見せられている景色なのか。

答えはまだ出ない。
それでも、
線を引くよりも、
少しだけ近づく言葉を選びたいと思う。

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