同じニュースを見ているはずなのに、
まるで違う世界に生きているような感覚になることがある。
タイムラインには、
はっきりとした意見が並ぶ。
賛成か、反対か。
正しいか、間違っているか。
そのあいだに立つ場所は、
どこにも見当たらない。
分断される画面の向こう側。
そこでは言葉が旗のように振られ、
自分の陣地を示している。
一歩でも線を越えれば、
裏切り者になる。
そんな空気が、
静かに漂っている。
でも現実の街を歩くと、
人はそこまで単純ではない。
強い意見を持ちながら、
同時に迷いも抱えている。
白と黒のあいだに、
数えきれないほどの灰色がある。
それなのに、
画面の中では灰色が削られていく。
わかりやすさのために、
拡散されやすさのために。
分断は、
いつのまにか日常になった。
怒りの投稿の下に、
同じだけの怒りが積み重なる。
けれど、その向こうには、
同じようにごはんを食べ、
同じように不安を抱え、
同じように明日を心配している人がいる。
画面を閉じれば、
世界はひとつに戻る。
少なくとも、私の目にはそう映る。
分断されているのは、
本当に社会なのか。
それとも、
私たちの見せられている景色なのか。
答えはまだ出ない。
それでも、
線を引くよりも、
少しだけ近づく言葉を選びたいと思う。
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