それは間違っていない。
理屈も通っている。
誰が聞いても「正しい」とうなずく言葉。
けれど、ときどき胸が苦しくなる。
正論が人を追い詰めるとき。
「努力が足りない」
「自己責任だ」
「ちゃんと考えればわかるはずだ」
一つ一つは、たしかに筋が通っている。
でも、
弱っている人に向けられたとき、
それは刃物のようになる。
正しさには、逃げ道がない。
言い返せない。
反論すれば、
さらに「間違っている側」に押しやられる。
ネットの世界では、
正論はよく拡散される。
わかりやすく、
強く、
迷いがないからだ。
でも現実の人間は、
そんなに整っていない。
疲れもある。
事情もある。
言葉にならない背景もある。
正論が飛び交うタイムラインの中で、
私はときどき立ち止まる。
この言葉は、
誰かを救っているだろうか。
それとも、
ただ正しさを証明しているだけだろうか。>
正しいことと、
優しいことは、
いつも同じではない。
正論が人を追い詰めるとき、
必要なのは反論ではなく、
少しだけ余白なのかもしれない。
完璧でなくていい。
途中でもいい。
そう言える場所が、
ほんの少しでも増えたなら、
正しさはきっと、
もう少しやわらかくなる。
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