気づけば、
炎上はひとつの“仕組み”になっている。
誰かの失言。
切り取られた一文。
強く編集された見出し。
火がつき、
拡散され、
アクセスが集まる。
炎上経済の時代。
怒りは数字になる。
批判は再生回数になる。
対立は滞在時間になる。
静かな議論より、
刺激的な対立のほうが伸びる。
冷静な説明より、
断定的な言葉のほうが広がる。
その流れの中で、
誰が得をして、
誰が傷ついているのか。
火は燃えているあいだ、
多くの人を引き寄せる。
けれど燃え尽きたあと、
残るのは疲労と分断だけだったりする。
それでもまた、
次の火種が探される。
沈黙よりも、
騒ぎのほうが価値を持つからだ。
私たちは観客だろうか。
それとも、
知らないうちに薪をくべている側だろうか。
「ひどい」と言いながら共有し、
「問題だ」と言いながら拡散する。
その一つ一つが、
経済の一部になっていく。
炎上経済の時代で、
本当に失われているものは何だろう。
時間か。
信頼か。
それとも、人を待つ余白だろうか。
画面を閉じる。
静かな部屋には、
炎の音はない。
火を見続けるか、
火から離れるか。
その選択だけは、
まだ自分の手の中にある。
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