2026年2月28日土曜日

ネットは社会の鏡なのか

朝、目が覚めて最初に触るのは窓ではなく、画面だ。
カーテンを開ける前に、タイムラインを開く。
そこには、今日の空気が流れている。

怒り、嘆き、正義、皮肉。
知らない誰かの言葉が、まるで街の雑踏のように流れていく。

ネットは社会の鏡なのか。
それとも、社会がネットに似てきただけなのか。

現実の街を歩いているとき、
ここまで強い言葉を、私はあまり聞かない。
電車の中で怒号が飛び交うことも、
カフェで正義が叫ばれることもない。

けれど画面の中では、
誰かが誰かを裁き、
誰かが誰かを断罪している。

鏡というには、少し歪んでいる気がする。
でも、歪ませているのは、
もしかしたら私たち自身なのかもしれない。

アルゴリズムは、
私が見たいものを映す。
似た意見、似た怒り、似た不安。
やがてそれは、世界のすべてのように感じてしまう。

けれど本当の社会は、
もっと静かで、もっと曖昧で、
白でも黒でもない場所がほとんどだ。

ネットは社会の鏡なのか。

もしそうなら、
映っているのは私たちの本音なのだろう。
もし違うなら、
そこに映っているのは、拡大された感情かもしれない。

今日もまた画面を閉じると、
部屋は静かだ。

静かな現実と、騒がしいタイムライン。
どちらが本当の社会なのか、
まだ私は答えを持っていない。

それでもきっと、
画面の向こうにいるのも、
同じように迷っている誰かだ。

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