朝、目が覚めて最初に触るのは窓ではなく、画面だ。
カーテンを開ける前に、タイムラインを開く。
そこには、今日の空気が流れている。
怒り、嘆き、正義、皮肉。
知らない誰かの言葉が、まるで街の雑踏のように流れていく。
ネットは社会の鏡なのか。
それとも、社会がネットに似てきただけなのか。
現実の街を歩いているとき、
ここまで強い言葉を、私はあまり聞かない。
電車の中で怒号が飛び交うことも、
カフェで正義が叫ばれることもない。
けれど画面の中では、
誰かが誰かを裁き、
誰かが誰かを断罪している。
鏡というには、少し歪んでいる気がする。
でも、歪ませているのは、
もしかしたら私たち自身なのかもしれない。
アルゴリズムは、
私が見たいものを映す。
似た意見、似た怒り、似た不安。
やがてそれは、世界のすべてのように感じてしまう。
けれど本当の社会は、
もっと静かで、もっと曖昧で、
白でも黒でもない場所がほとんどだ。
ネットは社会の鏡なのか。
もしそうなら、
映っているのは私たちの本音なのだろう。
もし違うなら、
そこに映っているのは、拡大された感情かもしれない。
今日もまた画面を閉じると、
部屋は静かだ。
静かな現実と、騒がしいタイムライン。
どちらが本当の社会なのか、
まだ私は答えを持っていない。
それでもきっと、
画面の向こうにいるのも、
同じように迷っている誰かだ。
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