昔のネットは、もっと騒がしかった気がする。
深夜二時でも、誰かがどこかで叫んでいて、
意味のない言葉や、勢いだけの文章が、
画面の向こうから飛び込んできた。
掲示板は荒れて、ブログは熱くて、
個人サイトには、その人の体温があった。
うまく整っていなくて、
どこか不格好で、
でも確かに「生きている場所」だった。
今のネットは、静かすぎる。
タイムラインは整列され、
検索結果は最適化され、
ノイズは削られ、角は丸められている。
正しい情報、炎上しない言葉、
安全で無難なコンテンツ。
どれも正しい。
けれど、少しだけ息が詰まる。
アルゴリズムは賢くなり、
私の好みを先回りして、
欲しいものだけを差し出してくる。
驚きは減り、偶然は少なくなった。
迷子になることもなくなったけれど、
その代わり、冒険もしなくなった。
本当は、もっとざわざわしていてもいい。
知らない誰かの未完成な文章や、
まとまっていない感情や、
深夜の衝動のままに打ち込まれた言葉。
そういうものに触れたとき、
「ああ、向こう側にも人がいる」と感じられた。
静かになったのは、ネットなのか。
それとも、私たちが慎重になりすぎただけなのか。
失敗しないこと。
嫌われないこと。
正しくあること。
それを優先するうちに、
声のボリュームを下げすぎてしまったのかもしれない。
それでも、画面の奥では、
きっとまだ誰かが、
小さな声で本音を書いている。
検索に引っかからなくても、
バズらなくても、
誰にも見つからなくても。
今のネットは静かすぎる。
でも、完全な無音ではない。
耳を澄ませば、
微かなキーボードの音がする。
その音が消えない限り、
この場所は、まだ生きているのだと思う。
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