部屋の明かりを少し落として、眠る前に何となくXを開く。
そこには、誰かの日常や短い感想、ニュースへの意見、きれいな写真などが、途切れることなく流れています。
少しだけ見るつもりだったのに、指を動かすたびに新しい投稿が現れます。
明るい言葉もあれば、怒っている言葉もあります。
楽しそうな報告のすぐ下に、寂しそうな一言が流れてくることもあります。
Xのタイムラインには、同じ夜を過ごしている人たちの気持ちが、短い文章になって並んでいるように見えます。
知らない人の言葉なのに、不思議と自分の気持ちに近く感じることがあります。
「今日は疲れた」
そんな短い投稿を見ただけで、自分だけではなかったのだと思える夜もあります。
反対に、強い言葉や誰かを責める投稿を見続けていると、何もされていないのに心が疲れてしまうこともあります。
スマホの小さな画面から入ってくる言葉は、思っているよりも気分に影響しているのかもしれません。
タイムラインには終わりがありません。
下へ動かせば、次の言葉が現れます。
その次にも、また新しい言葉があります。
けれど、自分の夜の時間には終わりがあります。
眠る時間も、静かに考える時間も、本当は限られています。
ある夜、スマホを机の上に置いてみました。
少し前まで聞こえなかった時計の音や、外を走る車の音が聞こえてきました。
画面を見ていたときよりも、部屋が広くなったように感じました。
誰かの言葉が流れてこない時間は、少し退屈です。
それでも、その退屈の中には、自分の気持ちが戻ってくる静けさがありました。
今日見た投稿のこと。
気になっている仕事のこと。
明日やってみたいこと。
次々と流れる言葉から離れると、自分の中にあった言葉が、ゆっくり浮かんできます。
Xを見ることが悪いわけではありません。
笑える投稿や、心に残る写真、知らなかった情報に出会える場所でもあります。
ただ、静かな夜まで、すべてをタイムラインに渡さなくてもよいのだと思います。
もう少し見たいと思ったところで画面を閉じる。
その小さな区切りが、夜の時間を少しだけ自分のものに戻してくれます。
今夜もXには、たくさんの言葉が流れています。
けれど、画面の外には、言葉の流れていない静かな時間があります。
眠る前の数分だけでも、その静けさを眺めてみるのも悪くありません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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