2026年7月13日月曜日

Xで見かける言葉に、少しだけ救われる夜

眠れない夜に、なんとなくXを開くことがある。

誰かの楽しそうな写真を見たいわけでもなく、話題になっているニュースを知りたいわけでもない。

ただ静かな部屋の中で、自分以外の誰かが起きていることを確かめたくなる。

画面を流れていくのは、知らない人たちの短い言葉だ。

今日もうまくいかなかったという言葉。
疲れたけれど、なんとか一日を終えたという言葉。
明日は少しだけ良い日になってほしいという言葉。

普段なら、そのまま通り過ぎてしまうような投稿なのかもしれない。

けれど、心が弱っている夜には、何気ない一行が不思議なくらい近く感じられる。

「今日はこれで十分」

そんな言葉を見かけたとき、張りつめていた気持ちが少しだけ緩んだ。

何かを成し遂げなくてもいい。
うまく笑えなくてもいい。
今日を終えただけで十分なのだと、知らない誰かの言葉が教えてくれた。

その人は、私に向けて書いたわけではない。

それでも、たまたま同じ夜に同じ画面を見ていたから、その言葉は静かに届いた。

Xには強い言葉も多い。
誰かを責める言葉や、不安を大きくする話題が流れてくることもある。

けれど、その隙間には、小さな優しさも残っている。

温かい飲み物を飲んだという報告。
帰り道の月がきれいだったという一言。
眠れない誰かへ向けた、おやすみの言葉。

それだけで問題が消えるわけではない。
明日になれば、また同じ悩みと向き合わなければならない。

それでも、夜を越えるためには、大きな答えよりも、短い一言のほうが役に立つことがある。

知らない誰かが残した言葉に、少しだけ呼吸を整えてもらう。

そして画面を閉じたあと、さっきまでより静かな気持ちで目を閉じる。

あの言葉を書いた人は、誰かを救ったことに気づいていないだろう。

けれど今夜、その何気ない一行に、確かに少しだけ救われた人がいる。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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