眠れない夜に、なんとなくXを開くことがある。
誰かの楽しそうな写真を見たいわけでもなく、話題になっているニュースを知りたいわけでもない。
ただ静かな部屋の中で、自分以外の誰かが起きていることを確かめたくなる。
画面を流れていくのは、知らない人たちの短い言葉だ。
今日もうまくいかなかったという言葉。
疲れたけれど、なんとか一日を終えたという言葉。
明日は少しだけ良い日になってほしいという言葉。
普段なら、そのまま通り過ぎてしまうような投稿なのかもしれない。
けれど、心が弱っている夜には、何気ない一行が不思議なくらい近く感じられる。
「今日はこれで十分」
そんな言葉を見かけたとき、張りつめていた気持ちが少しだけ緩んだ。
何かを成し遂げなくてもいい。
うまく笑えなくてもいい。
今日を終えただけで十分なのだと、知らない誰かの言葉が教えてくれた。
その人は、私に向けて書いたわけではない。
それでも、たまたま同じ夜に同じ画面を見ていたから、その言葉は静かに届いた。
Xには強い言葉も多い。
誰かを責める言葉や、不安を大きくする話題が流れてくることもある。
けれど、その隙間には、小さな優しさも残っている。
温かい飲み物を飲んだという報告。
帰り道の月がきれいだったという一言。
眠れない誰かへ向けた、おやすみの言葉。
それだけで問題が消えるわけではない。
明日になれば、また同じ悩みと向き合わなければならない。
それでも、夜を越えるためには、大きな答えよりも、短い一言のほうが役に立つことがある。
知らない誰かが残した言葉に、少しだけ呼吸を整えてもらう。
そして画面を閉じたあと、さっきまでより静かな気持ちで目を閉じる。
あの言葉を書いた人は、誰かを救ったことに気づいていないだろう。
けれど今夜、その何気ない一行に、確かに少しだけ救われた人がいる。
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