朝、何となくXを開いた。
何かを調べたかったわけでもなく、誰かに連絡する用事があったわけでもない。
ただ、少しだけ時間が空いていた。
画面を指で動かすと、知らない誰かの朝食が流れてきた。
少し焦げたトーストと、湯気の出ているコーヒー。
その次には、駅のホームで電車を待つ人の投稿があった。
「今日も仕事に行きたくない」
短い言葉の向こうに、眠そうな顔が見えるような気がした。
さらに画面を動かす。
散歩中に見つけた花。
昼休みに食べたラーメン。
突然降ってきた雨。
買ったばかりの本。
誰かに言われて傷ついた言葉。
ずっと楽しみにしていた荷物が届いたという報告。
そこには、私の知らない人たちの一日が途切れることなく流れていた。
名前も、本当の顔も、どこに住んでいるのかも知らない。
けれど、数秒だけ画面に現れ、その人が見た景色や感じた気持ちを少しだけ知る。
考えてみれば、不思議なことだった。
昔なら一生出会わなかったかもしれない人の朝や昼や夜を、私は部屋にいながら眺めている。
楽しそうな投稿ばかりではない。
仕事で失敗した人もいれば、眠れない夜を過ごしている人もいる。
誰にも言えない気持ちを、誰かに届くかもしれない場所へ置いている人もいる。
反対に、何気ない夕焼けの写真を載せただけなのに、たくさんの人から言葉をもらっている人もいた。
画面の中では、遠く離れた人たちの一日が細い糸のようにつながっている。
私はその中を、何も言わずに通り過ぎていく。
いいねを押すこともあれば、そのまま流してしまうこともある。
けれど、通り過ぎたあとも心に残る投稿があった。
「今日は何もできなかった。でも、一日を終えられた」
それだけの言葉だった。
誰が書いたのかは覚えていない。
それでも、その言葉を見たことで、自分の一日まで少し許されたような気がした。
知らない誰かの言葉が、知らない誰かを支えている。
投稿した本人は、そのことに気づいていないかもしれない。
Xには、強い言葉も、騒がしい話題も、見たくないものも流れてくる。
それでも時々、何気なく置かれた誰かの日常が、こちらの心を静かにしてくれる。
夕方、私はXを閉じた。
ほんの数分だけ見るつもりだったのに、たくさんの朝と昼と夜を通り過ぎていた。
知らない誰かの一日は、このあとも続いていく。
そして私の一日も、誰にも見えない場所で静かに続いていく。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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