2026年7月12日日曜日

Xを開いたら、知らない誰かの一日が流れてきた

朝、何となくXを開いた。

何かを調べたかったわけでもなく、誰かに連絡する用事があったわけでもない。

ただ、少しだけ時間が空いていた。

画面を指で動かすと、知らない誰かの朝食が流れてきた。

少し焦げたトーストと、湯気の出ているコーヒー。

その次には、駅のホームで電車を待つ人の投稿があった。

「今日も仕事に行きたくない」

短い言葉の向こうに、眠そうな顔が見えるような気がした。

さらに画面を動かす。

散歩中に見つけた花。

昼休みに食べたラーメン。

突然降ってきた雨。

買ったばかりの本。

誰かに言われて傷ついた言葉。

ずっと楽しみにしていた荷物が届いたという報告。

そこには、私の知らない人たちの一日が途切れることなく流れていた。

名前も、本当の顔も、どこに住んでいるのかも知らない。

けれど、数秒だけ画面に現れ、その人が見た景色や感じた気持ちを少しだけ知る。

考えてみれば、不思議なことだった。

昔なら一生出会わなかったかもしれない人の朝や昼や夜を、私は部屋にいながら眺めている。

楽しそうな投稿ばかりではない。

仕事で失敗した人もいれば、眠れない夜を過ごしている人もいる。

誰にも言えない気持ちを、誰かに届くかもしれない場所へ置いている人もいる。

反対に、何気ない夕焼けの写真を載せただけなのに、たくさんの人から言葉をもらっている人もいた。

画面の中では、遠く離れた人たちの一日が細い糸のようにつながっている。

私はその中を、何も言わずに通り過ぎていく。

いいねを押すこともあれば、そのまま流してしまうこともある。

けれど、通り過ぎたあとも心に残る投稿があった。

「今日は何もできなかった。でも、一日を終えられた」

それだけの言葉だった。

誰が書いたのかは覚えていない。

それでも、その言葉を見たことで、自分の一日まで少し許されたような気がした。

知らない誰かの言葉が、知らない誰かを支えている。

投稿した本人は、そのことに気づいていないかもしれない。

Xには、強い言葉も、騒がしい話題も、見たくないものも流れてくる。

それでも時々、何気なく置かれた誰かの日常が、こちらの心を静かにしてくれる。

夕方、私はXを閉じた。

ほんの数分だけ見るつもりだったのに、たくさんの朝と昼と夜を通り過ぎていた。

知らない誰かの一日は、このあとも続いていく。

そして私の一日も、誰にも見えない場所で静かに続いていく。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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