2026年7月13日月曜日

Xのタイムラインにいるだけで疲れる日もある

何かを投稿したわけでもないのに、Xを閉じたあと、どっと疲れていることがあります。

指を少し動かしただけなのに、頭の中では、たくさんの出来事が通り過ぎていました。

誰かの怒り。
誰かの成功。
知らない人同士の言い争い。
突然流れてくる悲しいニュース。

数分前まで知らなかったことが、次々と自分の中へ入ってきます。

面白い投稿もあります。
きれいな写真や、思わず笑ってしまう動画もあります。

それでも、タイムラインを長く眺めていると、心の中が少しずつ散らかっていく日があります。

自分より楽しそうな人を見て、なぜか焦る。
多くの反応を集めている投稿を見て、自分まで何かを書かなければならない気がする。

本当は誰とも競争していないのに、数字が並ぶ場所にいるだけで、勝手に比べてしまいます。

フォロワーの数。
いいねの数。
表示された回数。

数字は便利ですが、ときどき人の気持ちまで数字に変えてしまいます。

今日は何も投稿できなかった。
誰からも反応がなかった。
あの人の投稿は伸びているのに、自分の投稿は見られていない。

そんなことを考え始めると、楽しかったはずのXが、仕事のように感じられてきます。

けれど、疲れた日は無理にタイムラインへ戻らなくてもいいのだと思います。

投稿しない日があってもいい。
通知を見ない時間があってもいい。
誰かの意見を知らないまま、一日を終えてもいい。

スマートフォンを机に置くと、部屋の中は思っていたより静かです。

窓の外を走る車の音や、冷蔵庫の小さな音が聞こえてきます。

少し前まで頭の中を埋めていた言葉も、画面を閉じれば、ゆっくり遠ざかっていきます。

Xはいつでも開けます。
タイムラインも、きっと明日まで流れ続けています。

だから今日は、全部を追いかけなくてもいい。

何も見ない時間は、取り残される時間ではありません。

自分の気持ちを、自分のところへ戻すための時間なのだと思います。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
楽天市場

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿