それが今では当たり前になりました。
漢字の読み方、言葉の意味、店の場所、天気、ニュース、ちょっとした疑問。
昔なら人に聞いたり、少し考えたり、本を開いたりしていたことも、今は指先だけで答えにたどり着けます。
便利です。
本当に便利です。
でもある日、スマホを手に取る前に、ふと思いました。
これは本当に今すぐ調べないといけないことなのかな、と。
たとえば、ふと頭に浮かんだ疑問があります。
あの映画に出ていた俳優の名前は何だったか。
昔よく聞いていた曲のタイトルは何だったか。
あの言葉の正確な意味は何だったか。
すぐに調べれば、一瞬で答えは出ます。
でも、その一瞬の前に少しだけ考えてみると、自分の中に残っている記憶が動き出します。
たしか、こんな顔だった。
たしか、こんな声だった。
たしか、あの頃によく見ていた。
正解にはすぐ届かなくても、思い出そうとする時間には、少しだけ味があります。
スマホで調べることは、答えを手に入れることです。
でも、調べる前に考えることは、自分の中にあるものを探すことなのかもしれません。
ネットはとても広いです。
自分の記憶よりも正確で、自分の知識よりも多くの情報があります。
だからこそ、私たちはつい、自分の頭の中を飛ばして、外の世界に答えを求めてしまいます。
もちろん、それが悪いわけではありません。
間違ったまま覚えるより、調べたほうがいいこともあります。
急いでいるときは、すぐに検索したほうが助かります。
ただ、何でもすぐに調べることに慣れすぎると、考える前の静かな時間がなくなっていく気がします。
あれは何だったかな。
どうしてそうなるのかな。
自分ならどう思うかな。
そんな小さな問いを、すぐに検索窓へ入れてしまう前に、少しだけ頭の中で転がしてみる。
それだけで、同じ答えにたどり着いても、感じ方が少し変わります。
自分で考えたあとに調べると、答えがただの情報ではなくなります。
ああ、やっぱりそうだったのか。
思っていたのと少し違ったな。
こんな見方もあるのか。
そんなふうに、答えを受け取る余白が生まれます。
スマホは、今の生活に欠かせないものです。
わからないことをそのままにしなくていいのは、とてもありがたいことです。
けれど、わからない時間を少しだけ持つことも、たぶん大事なのだと思います。
答えが出ない時間。
記憶をたどる時間。
自分の考えがゆっくり形になる時間。
それは効率だけで見れば、少し遠回りかもしれません。
でも、その遠回りの中に、自分らしい感じ方が残っているような気がします。
これからも、わからないことがあればスマホで調べます。
きっと何度も検索します。
でも、その前にほんの少しだけ考えてみる。
その小さな間を持つだけで、ネットとの付き合い方は少しやさしくなるのかもしれません。
すぐに答えが見つかる時代だからこそ、答えを探す前の数秒を大切にしたい。
そんなことを、スマホを手に取りかけた夜に思いました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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