特に何かを探していたわけでもない。
誰かから大事な連絡が来ていたわけでもない。
ただ指だけが勝手に動いて、画面の中を下へ下へとなぞっていた。
ニュース、短い動画、誰かのつぶやき、きれいな写真。
どれも悪いものではないのに、見れば見るほど、自分の時間が少しずつ薄くなっていくような気がした。
画面の中には、世界がいくらでもあった。
知らない街の景色も、遠い国の海も、誰かの暮らしも、すぐに見られた。
それなのに、自分の部屋の窓の外に何があるのかを、しばらく見ていなかった。
ふと顔を上げると、カーテンの隙間から夕方の光が入っていた。
少し赤くて、少し疲れたような色だった。
その光が机の端を照らしていて、スマホの画面よりずっと静かに見えた。
窓を開けると、外の空気が入ってきた。
車の音。
遠くで鳴る自転車のベル。
どこかの家から聞こえる生活の音。
それは派手でもなく、特別でもなかった。
けれど、画面の中の情報よりも、なぜか今の自分に近かった。
外の景色は、何も急かしてこなかった。
見ろとも言わない。
反応しろとも言わない。
ただそこにあって、空は少しずつ色を変え、雲はゆっくり流れていた。
スマホの画面では、次から次へと新しいものが出てくる。
少し見ただけで、もう次の何かが欲しくなる。
けれど外の景色は、同じように見えて、少しずつ違っていた。
電線に止まる鳥。
夕日に染まる家の壁。
道を歩く人の影。
ベランダで揺れる洗濯物。
どれも小さなものなのに、見ているうちに心が少し落ち着いていった。
たぶん、ネットが悪いわけではない。
スマホも便利で、楽しくて、必要なものだと思う。
ただ、ときどき画面の中ばかり見ていると、自分が今どこにいるのかを忘れてしまう。
誰かの時間。
誰かの景色。
誰かの言葉。
それを見続けているうちに、自分の目の前にあるものが、少し遠くなる。
その日は、スマホを机に伏せて置いた。
大げさな決意ではない。
ただ、もう少し外を見ていたくなっただけだった。
空はゆっくり暗くなっていった。
建物の窓に明かりがつき、道の影が深くなり、昼と夜の境目が静かに過ぎていった。
何かを得たわけではない。
何かを解決したわけでもない。
それでも、少しだけ息がしやすくなった。
スマホの画面の中には、たくさんの景色がある。
でも、自分の目で見る外の景色には、その日の空気がある。
音がある。
温度がある。
そして、そこにいる自分の時間がある。
また明日になれば、きっとスマホを見る。
ネットも開くし、画面の中の世界にも戻る。
それでも、今日みたいにふと思い出せたらいい。
画面の外にも、ちゃんと景色があることを。
そしてたまには、何も探さずに窓の外を見る時間を、自分に返してあげてもいいのだと思う。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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