ネットを見ていると、時間の流れが少し不思議に感じることがあります。
さっき見たばかりの投稿なのに、もうずいぶん前のことのように感じる。
5分前に流れてきた言葉も、次の投稿、次の画像、次の通知に押されて、あっという間に遠くへ行ってしまいます。
本当は、たった5分しか経っていません。
でも、ネットの中ではその5分の間に、たくさんの情報が流れていきます。
誰かのうれしい報告。
誰かの怒り。
誰かの何気ないひとこと。
きれいな画像。
短い動画。
新しいニュース。
それらが次々と重なって、さっきまで見ていた投稿の印象が少しずつ薄れていきます。
たまに、もう一度見たいと思った投稿を探すことがあります。
でも、少しスクロールしただけで見失ってしまう。
たしかに見たはずなのに、どこにあったのか分からなくなる。
そのとき、ネットの流れは思っている以上に速いのだと感じます。
投稿する側になると、その速さはもっとはっきり分かります。
時間をかけて考えた文章でも、投稿した瞬間からすぐに流れの中へ入っていく。
反応があるかもしれない。
何も起きないかもしれない。
そして数分後には、自分の投稿でさえ少し遠く感じることがあります。
けれど、それは悪いことばかりではないのかもしれません。
ネットの投稿は、長く残すためだけにあるわけではなく、その瞬間に誰かの目にふれるためにもあります。
たった一人が読んで、少しだけ立ち止まってくれたなら、それだけでも意味はあります。
5分前の投稿がもう遠く感じるのは、ネットが冷たいからではなく、それだけたくさんの人が今も何かを出しているからかもしれません。
流れていく言葉の中に、自分の言葉もそっと混ざっている。
そう考えると、少しだけ気が楽になります。
全部を覚えてもらえなくてもいい。
大きく広がらなくてもいい。
そのときの自分が、たしかに何かを投稿した。
それだけで、ネットの流れの中に小さな足跡を残したことになります。
5分前の投稿は、もう遠い。
でも、遠くなったから消えたわけではありません。
どこかの画面で、誰かの記憶のすみで、ほんの少しだけ残っているかもしれない。
ネットの速さに疲れたときは、そのくらいの距離感で見てみるのもいいのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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