朝、目が覚めたとき、部屋はいつもより静かだった。
枕元に置いたスマホは、いつもの場所にある。
画面を触れば、ちゃんと明るくなる。
電池も残っている。
壊れているわけではない。
それなのに、通知が鳴っていない。
いつもなら、朝のどこかで小さな音がする。
誰かの投稿、ニュース、広告、アプリのお知らせ。
必要なものもあれば、別に今見なくてもいいものもある。
でも、鳴らない朝は少し不思議だ。
最初は、何か設定を間違えたのかと思う。
サイレントモードになっているのか。
通信が切れているのか。
アプリが止まっているのか。
確認してみると、特に問題はない。
ただ、何も来ていないだけだった。
その瞬間、少しだけ置いていかれたような気持ちになる。
ネットの世界では、誰かがずっと何かを言っているはずなのに、自分のスマホだけが静かに眠っている。
けれど、しばらくすると、その静けさが悪くないことにも気づく。
通知が鳴らないと、急いで画面を見る必要がない。
誰かの言葉に反応しなくてもいい。
ニュースの見出しに気持ちを持っていかれなくてもいい。
朝の時間が、少しだけ自分のものになる。
カーテンのすき間から入る光。
部屋の中の小さな音。
まだ動き出していない一日の空気。
普段は通知の音にかき消されていたものが、静かな朝には少しだけ見える。
スマホは便利だ。
誰かとつながれるし、知りたいこともすぐに調べられる。
退屈な時間を埋めてくれる。
でも、便利なものがいつも鳴り続けていると、鳴らない時間が不安になる。
何も来ていないことを、何か足りないことのように感じてしまう。
本当は、通知がない朝は失敗ではない。
誰にも急かされていない朝だ。
まだ何にも引っ張られていない朝だ。
スマホの画面を伏せたまま、少しだけぼんやりする。
すぐにネットを開かなくても、一日はちゃんと始まっている。
通知が鳴らない朝は、少し寂しい。
でも、その寂しさの中には、静かな自由もある。
何も届いていない時間。
誰にも呼ばれていない時間。
そんな朝にだけ、自分の心の音が少しだけ聞こえるのかもしれない。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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