2026年7月16日木曜日

Xを開く指が、いつの間にか癖になっている

少し時間が空いたとき、気がつけばXを開いている。

何かを調べたいわけでもない。
誰かに連絡したいわけでもない。

ただ、スマホを持った指が、いつもの場所にあるアイコンを押している。

朝起きてすぐ。
電車を待っているとき。
仕事や作業の合間。
眠る前の静かな時間。

一日に何度開いているのか、自分でも分からない。

タイムラインには、誰かの日常やニュース、面白い画像、怒りの言葉、役に立つ情報が流れてくる。

少しだけ見るつもりだったのに、次から次へと指が画面を動かしてしまう。

気になる投稿を見つけたわけでもないのに、なぜか閉じるきっかけが見つからない。

昔は、暇な時間があれば窓の外を見たり、ぼんやり考えごとをしたりしていた。

今は、その小さな空白を埋めるようにXを開いている。

何もしていない時間が、少し落ち着かなくなったのかもしれない。

タイムラインを眺めていると、世の中とつながっているような気持ちになる。

誰かが起きていて、誰かが何かを考え、どこかで新しい出来事が起きている。

その流れの中にいるだけで、ひとりではないように感じることもある。

けれど、見終わったあとに何が残ったのかと考えると、何も思い出せない日も多い。

たくさんの言葉を読んだはずなのに、頭の中には薄い疲れだけが残っている。

それでも少し時間がたつと、また指はXを開こうとする。

これは楽しんでいるのか。
情報を探しているのか。
それとも、ただ習慣になっているだけなのか。

たぶん、その全部が少しずつ混ざっている。

Xを開くことが悪いとは思わない。
そこから知ったことも、笑ったことも、救われた言葉もある。

ただ、自分の意思で開いているのか、癖に動かされているのかは、ときどき確かめたほうがいい。

開こうとした指を一度だけ止めて、スマホの画面を消してみる。

すると、部屋の音や外の景色、自分が何を考えていたのかが、少しずつ戻ってくる。

何も流れてこない時間は、思っていたほど退屈ではない。

Xを閉じたあとに残る静けさも、たまには悪くない。

いつの間にか身についた癖だから、無理に消す必要はない。

ただ、ときどき自分の指に聞いてみたい。

今、本当にXを開きたいのか。

それとも、静かな時間から逃げるように、いつものアイコンを押そうとしているだけなのか。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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