Xを開くと、いろいろな人の日常が流れてきます。
朝から仕事へ向かう人。
休みの日に遠くへ出かける人。
おいしそうな料理を食べている人や、趣味を楽しんでいる人もいます。
何気なく眺めているだけなのに、いつの間にか他人の一日をたくさん知っています。
楽しそうな投稿を見れば、少しうらやましくなります。
忙しそうな投稿を見れば、自分はまだ楽なほうなのかもしれないと思います。
悩んでいる投稿を見れば、みんな見えないところで何かを抱えているのだと気づきます。
Xに流れてくる日常は、その人の生活のほんの一部分です。
楽しい写真の前後には、退屈な時間や疲れた時間もあるはずです。
落ち込んだ言葉を書いたあとに、普通にご飯を食べて笑っているかもしれません。
それでも、画面に映った一場面だけを見ていると、それがその人の生活のすべてのように感じてしまいます。
誰かの充実した日常を見て、自分には何もないと思うことがあります。
今日も仕事をして、ご飯を食べて、少しネットを見て、一日が終わっただけ。
特別な出来事もなく、投稿するような写真もない。
そんな日は、自分だけが何も進んでいないような気持ちになります。
けれど、よく考えてみると、何も起きなかった一日も悪いものではありません。
無事に家へ帰れたこと。
温かいものを食べられたこと。
少し笑えたこと。
眠る場所があること。
投稿するほどではない小さな出来事が、自分の日常を支えています。
Xでは目立つ出来事ほど流れてきやすくなります。
旅行、成功、買い物、記念日、きれいな景色。
それらと自分の普通の日を比べれば、物足りなく見えるのは当然なのかもしれません。
誰かの特別な一日と、自分の何もない一日を並べて比べる必要はありません。
誰かの日常を眺めることは、自分にないものを数えるためだけのものではないと思います。
知らなかった考え方に触れたり、行ってみたい場所を見つけたり、少し元気をもらったりすることもあります。
同時に、自分がどんな生活をしたいのかを考えるきっかけにもなります。
もっと外へ出たいのか。
静かに過ごしたいのか。
何か新しいことを始めたいのか。
それとも、今の生活を大切にしたいのか。
誰かの日常を見たことで、自分の日常の形が少し見えてくることがあります。
大きく変える必要はありません。
明日は少し早く起きてみる。
いつもと違う道を歩いてみる。
気になっていた本を開いてみる。
そんな小さな変化でも、自分の日常は少しずつ動き始めます。
Xには、今日も誰かの生活が流れています。
それを眺めながら、ときどき画面から目を離してみます。
そして、自分の周りにあるものを静かに見てみます。
誰かに見せるほどではなくても、ここには確かに自分の日常があります。
誰かの一日を見たあとで、自分の一日も少し大切にしてみようと思いました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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