気づけば、少しだけ見るつもりだったXを、長い時間見続けていることがあります。
新しい投稿を読み、気になる話題を追い、誰かの反応を見ているうちに、いつの間にか時間が過ぎているのです。
画面を閉じたあと、「また時間を無駄にしてしまった」と感じることもあります。
では、Xを見ている時間は、本当にすべて無駄なのでしょうか。
たしかに、目的もなく投稿を流し続けているだけなら、あとに何も残らないことがあります。
似たような話題を何度も見たり、知らない人同士の言い争いを読んだりして、気分だけが疲れてしまうこともあります。
見なくても困らなかった情報に、何十分も使ってしまう日もあります。
そう考えると、Xには時間を消費させる仕組みがあるように感じます。
次々と新しい投稿が表示されるため、終わりがありません。
本や映画のように、ここまで見たら終わりという区切りがないのです。
だからこそ、自分で止めなければ、いつまでも見続けることができます。
一方で、Xを見ていたからこそ知ることができた情報もあります。
知らなかった作品を見つけたり、ブログの話題を思いついたり、同じことに悩んでいる人の投稿に救われたりすることもあります。
ニュースよりも早く、現地の様子や人々の反応が伝わってくる場合もあります。
自分の作品を投稿し、多くの人に見てもらう場所として使っている人にとっては、Xを見る時間も活動の一部です。
投稿の反応を確認したり、どのような画像や文章が読まれているのかを知ったりすることは、次の発信にもつながります。
そう考えると、Xを見ている時間が無駄かどうかは、時間の長さだけでは決められません。
何を見て、見たあとに何が残ったのかが大切なのだと思います。
新しい発見があったのなら、その時間には意味があります。
楽しい気分になれたのなら、それも立派な使い方です。
何も得られず、ただ疲れただけなら、少し見すぎていたのかもしれません。
問題なのは、Xを見ることそのものではなく、自分の意思とは関係なく時間を使い続けてしまうことです。
見る前に目的を決めるだけでも、使い方は少し変わります。
情報を探すために見る。
自分の投稿への反応を確認する。
休憩として十分だけ楽しむ。
そのように区切りを作れば、終わりのない画面から戻りやすくなります。
Xを見ている時間は、無駄になることもあれば、役に立つこともあります。
結局のところ、その時間を無駄にするかどうかは、Xではなく、自分の使い方によって変わるのでしょう。
ただ流れてくるものを見るだけではなく、必要なものを拾い、いらないものから離れる。
そんな距離感で使えれば、Xは時間を奪う場所ではなく、新しいものを見つける場所になるのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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