Xを眺めていると、たくさんの言葉が流れていく。
ニュースへの意見や、誰かへの応援、自分の気持ちを吐き出した文章。
そのほとんどは、少し時間がたつとタイムラインの奥へ消えてしまう。
けれど、ときどき何気ない一言が心に残ることがある。
特別に難しい言葉ではない。
長い文章でもなければ、たくさんの反応が付いているわけでもない。
それなのに、なぜか何度も思い出してしまう。
以前、うまくいかないことが続いていたとき、Xで「今日は続けただけでも十分」という言葉を見かけた。
誰に向けた投稿だったのかは分からない。
投稿した人も、深く考えずに書いたのかもしれない。
それでも、その一言を見た瞬間、少しだけ気持ちが軽くなった。
何か結果を出さなければ意味がないと思っていた自分にとって、「続けただけでも十分」という言葉は、立ち止まることを許してくれるものだった。
Xでは、目立つ投稿ほど強いように見える。
大きな数字が付き、多くの人に拡散され、たくさんの意見を集める。
けれど、言葉の強さは数字だけでは決まらない。
反応がほとんどない投稿でも、誰か一人の心を支えていることがある。
書いた本人が知らない場所で、その言葉を思い出しながら一日を乗り越えている人がいるかもしれない。
何気ない一言には、その人が普段から感じていることが表れる。
無理に格好よく見せようとせず、自分の言葉で書かれた文章には、不思議な温度がある。
正しさを押しつけるのではなく、ただ静かに置かれた言葉だからこそ、読む側が自分の気持ちに重ねられるのだと思う。
投稿するとき、こんな短い文章に意味があるのだろうかと迷うことがある。
誰にも読まれなかったら、書かないのと同じではないかと思ってしまう。
しかし、タイムラインの向こう側にいる人の気持ちは数字だけでは見えない。
反応を押さず、返信もしないまま、そっと言葉を受け取っている人もいる。
だから、何気なく書いた一言も無駄ではない。
立派なことを言おうとしなくてもいい。
今日感じたことや、誰かに伝えたい小さな気持ちを、自分の言葉で書けばいい。
その一言が、いつか誰かの心に届くかもしれない。
Xで流れていく言葉は、とても短い。
けれど、その短さの中に、人を励ましたり、安心させたり、もう少しだけ歩いてみようと思わせたりする力がある。
何気ない一言ほど、必要としている人の心には、静かに深く残るのかもしれない。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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